深川三昧
三連休の最終日は東京都現代美術館へ。
「ミシェル・ゴンドリーの世界一周」は、ワークショップありきの展覧会なのだけど、ナシでも全く問題なく楽しめる展覧会だった。ワークショップ用につくられた映画のセットは、すべてがどこか歪んでいて、その歪みが心をざわつかせる。車窓も、ビデオショップも、事務所も、不思議な居心地。
また、歴代のPVを見せるしかけもよかった。ずらりと並んだスクリーンに15秒ずつ19曲のビデオが流されている。その場に経っていれば、19曲のダイジェストが眺められるし、気に入った曲があったら、その曲が流されるスクリーンを追いかけて移動するというスタイル。
映像作品って、その場にその時間いなくてはいけない、もっと見ていたい場面があっという間に過ぎてしまう、などの拘束性がニガテだったりするんだけど、このインスタレーションだったら見たいものがあったら自分の体を動かすことでずっと見ていられるし、その場に入ればたくさんの種類の映像を浴びることができる。なんだか心地よくていいなあと思った次第なのです。
東京アートミーティング(第5回)新たな系譜学をもとめて‐ 跳躍/痕跡/身体も、また良かった。野村萬斎のボレロも見られるよ!
ネトもよかったが、ダムタイプの新作、チェルフィッチュの妙な動きなどなど身体性って面白い!
その後、深川を探検してポータルをがつがつ破壊するのであったりなかったり。
町田三昧
町田の博物館、美術館にはご縁がある。博物館は、高校生のころから収蔵品のガラス目当てで通っていて、芹が谷公園の国際版画美術館には学芸員実習で2週間通っていたのだ。いまはどちらも遠く感じるけど、かつては全く距離を感じなかった。ワクワクしてるうちについちゃってたから。ワクワク度がたりてないんだなー
鼻煙壷とは、嗅ぎたばこ用の小さな瓶のこと。中国の人って「ガラス=石の代用品」って認識が強い感じを受けていて、かなりの品が瑪瑙だったり大理石だったり、琥珀みたいな色を帯びてるんだけど、いくつかはガラスの質感を生かした美しい瓶が並んでいた。作り方もわかりやすくてよかった。
ビエンコとは鼻煙壷、かぎたばこのビンのことなんだが、そのコレクションがずらり。すべて寄贈品なので撮影OKだそうです。内画のプロセスのわかりやすく展示。
しかし遠い。どうしてこんなに遠いのかってくらい遠い。2018年に美術館と統合して芹が谷にやってくるらしいけど、もっと前倒ししてほしいと強く念じるくらい遠かった。
バスに揺られて駅まで戻り、続いて町田市民文学館 ことばらんどにて「尾辻克彦×赤瀬川原平-文学と美術の多面体-」。美術家であり、評論家であり、社会学者であり、そして文学者であり、展覧会のタイトルどおりさまざまな側面をもち、そのどれもが渋い存在感を醸し出していた赤瀬川原平。この展覧会は、そのなかでも文学的側面、町田的側面に光をあてたものであった。
町田市民文学館ことばらんどの展覧会、「赤瀬川原平×尾辻克彦 」は当たり前だけどかなり町田コンシャス。ニラハウスって屋根のニラばかり注目されてるけど、その地形かなり意識したものなんだな。
新解さんの謎も、トマソンも、カメラへの偏愛も、ものごとを冷静に面白がりながら観察する姿勢が生み出したものなのだな、と感じることしきり。
あたりが暗くなってきたので、急ぎ足で町田市立国際版画美術館で谷中安規展。学生時代にバイトしていた美術館で彼の回顧展をやっていて、そのときからときどき夢にあらわれていた谷中安規。ものすごく久々に彼の作品をたっぷり拝見した。200点近くは多いな…。そしてどんな時代でもロマンチストは生きることがつらいのだ。
しっかし、この美術館も駅から遠い…。
神との遭遇
万全ではないものの、ライフワークとライスワークのバランスを取らねばなりません。現在がんばっているものは生活の糧になるのが2015年下半期になりそうなので、土日もしっかり既存仕事です。
ということで、午前中は池尻大橋。オギノやスタバ酒場の通りにあるそのお店は、しっとりした素敵なお店。仔羊の美味しさトークと国産ワインで盛り上がる。
その後、次の取材先の西荻窪へ。複数名に推薦されたフレンチカレー、spoonへ。
病み上がりだけど、胃にもたれないよいカレー。
早く着きすぎて開店前から並んでいたら、前にいた西荻マダムに2/3サイズに肉トッピングを加えたカレーにすると、そのぶんオードブルを楽しめるとアドバイスをいただく。いままでにないフレンチカレーであった。
スパイスがふんだんに使われていて、でもまろやかなカレー。何回か伺ってオードブルを制覇したい感じですね。
続いての取材先も、肉トークで盛り上がる。前日ほぼなにも食べられなかったので、自分の肉へのくいつきが半端ない。やばさを感じる。
そんで取材終わりって吉祥寺へ。人生の半分以上憧れている上條淳士先生の個展が開かれているというので伺ってみたのです。
なんとまあ、生原稿の美しいこと!
神はホワイトをほんとに使わない。「ヒビ」のタイトルのとこにほんの少しだけ
トーイがバイクで派手に転んだものの死なないシーンも原稿がほんときれいなこと!
『To-y』と『Sex』は多感な時期のバイブルだったわけですが、そのときの生の原稿をこの目でみることができたのです。んもう、なんと美しいことか。なんと神々しいことか!
しかも、サインまでもらえてお話までできてしまう始末。
しっかし、先生の前ではあがっちゃって何も話せず、じぶんのうぶさがイヤになっちゃう。とにかく原画が美しすぎた。サインもろた〜!
家宝にします。
その後、新宿の土木展でウットリして
帰宅。体力落ちてたんでやっぱりきつい。
七転八倒
前日、ランチでおなかいっぱいにもかかわらず、しっかりカフェでケーキを食べたのがいけなかったのかも。
前日、うぶごえコンサートで、チョレギサラダどか食いしたのがいけなかったのかも。
夜中の3時ごろから、突然胃が捻れたように動き出し、激痛が襲ってきた。
その痛みは生きてきたなかで最も酷いもので、叫ばずにはいられない、文字通りの激痛。ギリギリギリギリと体を突き刺し、なにも考えられなくなるもの。
この日中に出さなければいけない(健康体だったら余裕だった)原稿が3本あり、しかし6時の時点で痛みのせいで一文字もかけていなかった。昼からは取材が2件あり12時までには出ないといけない…。でも治らない。
白湯に梅干しを入れたものが効くらしい、とネットのうわさでききつけ試してみるも、しばらくすると吐き気がやってきて胃の外へ押し出してしまう。
せめて水分でも…、と思って水を飲んでも吐き出してしまう。
頭はクリアだから(クリアなぶん、痛みをきちんと受け止めれちゃうからつらい)、仕事はできるんだけど3文字打つと激痛が体を襲い、何もできなくなること5分。仕事がぜんぜんすすまない…。というか動けない。
どんどん弱ってきたので、大変申し訳ないと思いながら取材のリスケを先方に依頼。震えながら原稿を書くものの、脂汗が出てきて、思考がどんどん細切れになってくる。
遅れそう、もうだめぽ。と思って、各所に電話しようと思いつつも、指がふるえて、声がでなくて、電話もかけられない。気絶しそう。
もう、ほんとだめだーと思いながら、とりあえず電話番号リストを作り、健康そうな知人に電話をかけてもらおうと依頼文を書き、119番の前に118番をかけるんだよな、たしか…。と思ってスマホに手をかけた瞬間、
なぜか胃痛が消えていた。
つまり、そのときから自分は胃痛にのたうち回る病人から、単に締め切りをまもれないだらしないライターにジョブチェンジしてしまったわけですよね。なので、もうとにかく必死で原稿書いたのです。どうして治ったのかとか、原因はなんなのか、とか考える時間があったら原稿を間に合わせなきゃいけないんです。
そんなこんなで、この日からしばらく胃痛の余韻を噛み締めて生活しました。
撮影は続く
今日は2件撮影。どっちもモッダーン。
ひとつめの御殿山モダンは、室内がちょうどいい光。手すりのエロさをうまく引き出してもらえてよかった。
ふたつめのモダンは途中で雨に襲われたものの、うまいこといけてよかった。併設のカフェもかなり良い感じになりそうです。
いったん帰宅してカルカルでうぶごえコンサート。おもちエイリアンかわいい。おもちカメラインストール。
諸般の事情からおもちカメラというアプリをダウンロードすることになったのだが、こういう使い方でいいのだろうか? #おもちカメラ
護国寺系
この日は取材やロケハンなど。
まずは代々続く熊本系の場所へ。ここはかなり佇まいが素敵なのだが、方針によって大々的に扱えない。かなりツボな建物なんだけど…。うまい具合に表現する方法を考えよう。
その後はぷらぷらと歩いていたらカトリック関口教会に。塔の先の十字架がやたらかっこうよく見えた。
柔らかい陽光が重厚な内部空間に降り注ぎ、なんともいえない空間を作り出していた。
こんぐらいの天気でも、内部はほんのり薄明るい程度で、それがまた神々しくてよかったんだわ。
その後、講談社 野間記念館、センチュリーミュージアムと続けて見学。このあたりは一日のうちにかなりの施設をまわれるよい場所。もっと盛り上がってもいいはず。
その後、突如思い立って鎌倉へ。池袋から鎌倉まで湘南新宿ライン+グリーン車をつかうとけっこう仕事が捗る。ゴールド免許&即日発行の極楽コンボでその日のうちに免許ゲット。居眠りしてて講習中に注意されてしまった。
約20年ぶりのイワタは居心地よかったです。
遠征
どっぷりと撮影day。天気でよかった!
まずは8時30分より駒場。今日のカメラマンさんは、カメラにトランスミッターを取り付けていて、撮影した瞬間からMBAでその絵が見られるので確認がとても楽ちん。細部まで大きな画面で見られるのは誰にとってもストレスがないし、ちょっと離れたところからでも確認ができる。それがよかった。
10時までに怒涛の勢いで撮影を終え、秋川渓谷へ。
1週間前に伺ったばかりなのに、山はかなり色づいていた。
逆行で女優さんが暗くなっちゃってますが、本番ではもっときちんときれいなお顔が拝めるはず。
彼女の登場が当時画期的だったのは、球体関節人形であったことだと作者の方は語っていた。従来の人形劇のボディとちがい、肌が露出(ふつう蝶番なところは服に隠れているので厚着になりがちだそう)できた彼女の姿は、むかしの人々にとってはたぶんアグネス・ラムのような衝撃だったのだろう。動きもなめらかだったそうだし。
彼女はよくみると肌に年輪が浮いている。そのため2体いたものの、アップのシーンは必ず同じ人形が使われていたそうな。年輪の模様が違っているからという理由。なるほど。
とにかく、ここの場所はいつまででもいたい場所。そして、多くの人がぜんぜん知らない場所。だから、みんなにしってもらいたい、行ってもらいたいと思うわけだ。
その後、のんびり丸の内で最後の撮影。夜の丸の内はけっこう車の量が多いね。ここで、いろいろ見て、撮って、終わって18時くらい。この日も一日長かった。